WISE・WISE tools

作り手をたずねて

植物の豊かな記憶を日常にまとう、香りの世界

ー調香師 沙里さんが、香りにこめる思いとは

自然の中を歩くと、全身が包みこまれるように感じる土や木、花や草木の香り。
言葉を持たない植物は、「香り」で植物どうしのコミュニケーションを取るとも言われています。
香りは植物たちの心の声。耳を澄まし、その声を聴くように香る。
嗅覚は私たちの本能と近く、感情や直感に瞬間的に結びつくもの。自分の好きな香りを一瞬感じただけで、心がリラックスしたり、ふと昔のことを思い出したりということがあります。
暮らしの中に香りを取り入れる。
自然のものから生まれた植物たちのさまざまな声を聞き、あなただけのお気に入りの時間を過ごしてみませんか?

調香師 沙里さんのつくる、森から生まれた木々の香り

森から生まれた木々の香り

2023年2月22日からWISE・WISE toolsで開催する調香師 沙里さんの企画展『脈々』。
打ち合わせに現れた沙里さんは、小柄でパッと花が咲いたような声で周りの空気を明るくするような方でした。2012年に「かほりとともに、」を立ち上げてから香りをつくり続け、昨年で10年目を迎えました。
沙里さんがなぜ香りをつくるようになったのか、自然と向き合いどのように調香するのか、そして今回の企画に合わせてつくっていただいたオリジナルの香りについて、お話を聞きました。

沙里さんが、「香り」と関わる人生を歩み始めたきっかけは、インドネシアの旅行中のこと。インドネシアのバリで、花の香りを嗅いだ時、亡くなったお爺さまとの思い出が鮮烈によみがえり、その手のぬくもりまで感じたそうです。一輪の花が呼び覚ましてくれた記憶。香りはその人の記憶を呼び覚まし、幸せな感情を与えてくれる。
そして、バリでは街のあちこちに「SARI」という看板が見られ、意味を聞いたところ、サンスクリット語で香りのことをSARIと言うことを知り、「香り」に運命的なものを感じたと言います。そこから、沙里さんの香りを探す旅が始まりました。

一輪の花が呼び覚ましてくれた記憶

日本らしい自然のかおりを、まといたい

「香りを伝えるときも、日本人であることを自分のフィルターとして重ねて解釈したいと思っています」
そう話す沙里さんは、香りの材料となる植物を自ら歩いて探し出し、採取した植物たちを蒸留し、日本産精油を用いて調香を行っています。
三重県が出身で、幼い頃からクロモジやヒノキなど、日本古来の生息する木と触れ合うことが多くあったと言います。2012年、初めて蒸留をしたのは、三重県にある、江戸時代から林業を続ける速水林業さんの所有する森。
「何十キロという木を集め、そこの湧水を使って3時間ほどかけて蒸留し、出来上がったのはほんの20mlほど。その凝縮されたエッセンスをかいだとき、これまで知っているどのアロマオイルとも違う、自然そのものを感じました。『香りをつくりたい』という思いよりは、この空気をまといたいと思ったことが原点なんです。

香りのお仕事をする前は、市販の香水や人工香料の香りは苦手で、香りをつくること自体に興味があったわけではないのですが、『あの森のかおりを身につけていたい』という思いでつくり始めました。森の香りが好き。土の香りも含めて、吸った時にいろいろな味わいがありますよね。それをまとえたら、どこにいても守られている感じがすると思って。それが始まりです」

植物と向き合うことの楽しさは、毎回違う驚きを与えてくれること。ヒノキでも場所によって匂いが違い、クロモジも満月に採るときと新月に採る時ではまったく違う香りに出会う。また、四季の中でも「春のクロモジは赤ちゃんのような甘い香り。秋は、スパイシーな香り」がして、そこに一本一本の木の個性が混ざり合う。自然は毎回違うから面白い。
そういった植物と対話するように組み合わせる作業が愛おしくてたまらない、というように話してくださいました。

自分の中で生まれる音を感じ、香りをつくる

自分の中で生まれる音を感じ、香りをつくる

沙里さんは音楽一家に生まれ、母親は音楽療法士。自身も、幼い頃から音楽に親しみ、オルガンを弾いたり作曲をしたりしていました。香りを勉強するようになり、「植物の香りから
音楽が出てくるように感じました」という沙里さんは、音と音を組み合わせるように植物の香りを組み合わせ、調香します。

「ひとつひとつのエッセンスが音のように聞こえて、それを和音のように結びつける『調香』に興味を感じました。植物の声と人を結びつける。そこに、自分の中で生まれる音をとおして香りをととのえていくのが楽しいです。

日本では、古くから『香道』があり、香りのことを嗅ぐではなくて、『聞く』と表現します。それを知った時、その言葉に惹かれて、香りを聞くと表現していた日本人の感性がとても素敵だと感じました。
また、フランスに行った時には、調香台のことを「オルガーノ」と言うことを知り、香りが嗅覚や聴覚といった感覚との結びつきでつくられてきた文化ということを感じました。
香りのことは「note」と言いますが、これは音楽の音符と同じ言葉。
音のように香りの声を、聞く。聞きながら、自分の声を聞く。パッケージにも、香りを音階であらわすようにしています」

音のように香りの声を、聞く

「イギリスに行って感じたことは、西洋ではハーブがすごく身近なもので、体調が悪いときにはハーブティーを飲むなど、日常の流れの中に植物の力が溶け込んでいること。
心と体を整えるものとして、植物の存在が身近にあるんです。

香りを自分でつくるというよりは、植物の声を聞いて組み合わせ、ととのえさせてもらっている感じです。音が重なるように、時間と共に変化する。同じ香りでも、つける人によって全く違う香りになるところが、自然のつくりだすものの面白さのように思います」

音が重なるように、時間と共に変化する

『脈々』―木々に想いを馳せ、生まれた香り

木々に想いを馳せ、生まれた香り

WISE・WISE toolsオリジナルで沙里さんが調香してくださった香りは2種類。静岡県浜松市の天竜杉と、宮城県登米市の山桜のどちらも建築用資材として使われる木材や端材のチップスから蒸留していただきました。

築用資材として使われる木材や端材のチップスから蒸留

WISE・WISEでは、これまで日本全国の林業地とつながり、木材生産・加工・製造ネットワークを活用した家具の販売を行ってきました。今回は、つながりのある林業地、持続可能な森林活用・保全を目的として「適切な森林管理」を行われている森から届いた木材を使用して、オリジナルの香りを制作していただくことにしました。

持続可能な森林活用・保全を目的として「適切な森林管理」を行う

天竜杉と山桜の香りには、それぞれ「cryptomeria(クリプトメリア)」「yamasakura 」の名前が付けられました。クリプトメリアは、杉のラテン語の学名「Cryptomeria Japonica」から取られています。
クリプトメリアの語源は、ギリシャ語で「隠れた財産」という意味があり、日本にもともとある宝が再認識されたという意味を感じ、沙里さんはこの言葉を選びました。

杉の森に行く道中に出会い関わる人たちとのストーリー

「クリプトメリアは、杉の森に行く道中、さまざまな人と出会い、関わる人たちとのストーリーを感じられるような香りをイメージしました。また、年輪に刻まれた時間のようにゆったりとした時の中で、私たちに気がつかせてくれることを、イメージに掛け合わせました。
木の良さは時間の変化が味わい深いものとなります。それを香りで翻訳できないかと思い、熟成と共に出てくる表情、時間を味方につける要素を意識してつくりました」

桜の下での語らいがきこえてくるような景色

「山桜はイメージした時に、『春の宵』と言う言葉が浮かびました。桜を眺めて、少し酔うようなイメージを加えました。
<山桜のそば 自然と集まってくる 光>
桜の下での語らいがきこえてくるような景色を香りで生み出せたらと思っています」

最後に沙里さんに、企画展のタイトルとなる『脈々』ということばに込めた想いを聞きました。
「木に想いを馳せたところ、この先の100年後のことを考えて育てている人たちがいて、受け継がれてきたものがあるから、今があるということを感じました。
山に入り、林業家の方と出会ってさまざまなことを教えていただき、時の考えが変わりました。脈々と受け継がれている先人たちの知恵や、愛情。それを未来にどうつなげるか、私たちにも託されていることを感じます。

また、水脈や山脈、葉っぱの葉脈、そして、私たちの体の中に通う血の脈。自然と人間は分けられない。私たちは自然の一部であり、つながる部分がある。そういったつながりのようなものを、今回の企画展の中で感じていただけたらと思います」

脈々と受け継がれている先人たちの知恵や、愛情

木の生きてきた、ゆったりとした時の流れ。人の手が加わり、長く守り続けられてきた歴史と、その先へと受け継がれる過去と未来をつなぐ今。
沙里さんのかおりをまとうと、自然の空気に守られ、植物どうしが語り合うような柔らかい風景を香りで感じさせてくれるような気がします。

あなただけの香りの世界を、暮らしの中に取り入れてみてください。

香りの成分について
<Cryputomeria>
天竜杉(静岡県浜松市)/ 琥珀 / 乳香
他香料
柚子(埼玉県・四国) / ジュニパー(京都)/黒文字(長野の沙里さんのアトリエより満月の日に摘んだもの)
イランイラン/ミルラ/オリバナム 等

<yamasakura>

<yamasakura>
山桜(宮城県登米市)/ 緑茶 / ジャスミン / 蓬 / 蚕沙(さんさ)
他香料
ベルガモット(小豆島)/ ライム(尾道)/しゃくなげ(三重)/ 青文字(長野の沙里さんのアトリエより)
コニャック / ベルガモット / トンカビーンズ 等

植物どうしが語り合うような柔らかい風景

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